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トリスタンとベイオウルフ

やべぇよ、東京都

一部世間を騒がしている東京都の「青少年健全育成条例」改正案について、ワタシも一言つぶやいておこうと思う。


東京はあらゆるメディアが集まって刺激の強いものが巷にあふれている。だいたい、地方なんて東京に比べたらテレビやラジオの番組数も、映画館の数も、書店の数も、そしてオタ系の店の数も圧倒的に少ない。
ネット環境が整って、地方でも手に入れる手段はいくらでもあるけれど、やっぱり現物をリアルタイムでみたいって思うもんなぁ…

あ、ちょっと脱線しましたが、
そんな情報の街・東京だからこそ、「お下品な情報の洪水から子どもたちを守ろう。特に子どもに身近な漫画アニメやゲームの影響は無視できない」なーんて、過保護にも思った知識人の方々が声をあげたんですね。
現住まいの宮城県なんて、こっちが恥ずかしくなるくらいメディアの利用が著しいのに。戦国BASARAとか、石ノ森キャラとか。
利用といえば、同じ東京都でも葛飾区は「こち亀」で街おこしみたいなことをやってますよね。あの漫画もたまにエロい表現したりするけど、条例が改正されたら「こち亀」は使えなくなってしまうんでしょうか。

そもそも、漫画やアニメで不健全に成長した子どもがどんだけいるのか。
単に10代の犯罪や性被害が増えたからという推測からきているとしたら、それは漫画のせいだけじゃないと声を大にして言いたい。
ワタシが思うに、犯罪に手をだすような馬鹿者は子ども向けの漫画なんかより、大人向けのメディアに手をだす確率の方が高いと思う。
漫画好きは良くも悪くも「お子さま」で、漫画が発するダークな部分より、その作品が主張したいことを正直に受けとっている。
つまり、今回規制をかけようとしている人たちは、物語がどうであれ性的興奮を呼ぶ恐れがある部分ばかり着目して駄目と言っている。それって、作品に対して失礼じゃないのかな。
漫画に対して歪んだ見方をするのは、漫画やアニメを普通に堪能したことを卒業した「18歳以上の大きなお友達」で、分別はしっかりついている人たち。
そしてその道のプロフェッショナルが嗜好する作品は既にゾーンが分けられているはずなんだが…


それにしても、架空人物ですら18歳未満だと規制対象にするなんて、ホントよくわかりません。
設定上は18歳以上でも見た目が幼ければアウトって…そもそも17歳と18歳をどう描き分けるのさ!っていう疑問が沸々とわき起こります。
多分そんな細かいところより、「明らかに小学生or中学生」というのが肝なのかも。

規制がしかれて一番怖いのは、「自粛」ですね。
かつて昭和天皇が病床にあったとき、各種イベントがことごとく中止になり、「自粛」という言葉が人々の行動を縛りまた他人を監視する道具となったことがありましたが、多分それに近いことになるんじゃないかと。
なにしろ、規制に明確な基準が現段階でないですからね。
出版社は商売上無難な作品を求め、書店も無難な本を置く。
作家側は出版サイドの要請のまま表現の自由に自ら鎖を付けざるを得なくなる。
そう、漫画家団体や出版社は、何も「エロのどこが悪い」と主張したいのではなく、エロ規制に派生する「表現に制限が加えざるを得なくなる事態」に危機感を抱いているのだろう。
面白い作品を生み出す事が出来なくなるのは自明の理だから。

うわ、ジャンプなんかすごくつまんないものになりそう!!
ラブコメ、バトル物、お下品ギャグをなくしたら、何も残らないんじゃないか。
ちょっと背伸びしたエッチな作品はことごとくアウトなら、思春期の入り口に立った子どもたちにどんな作品を提供するの?


書きなぐって推敲もしていない文章なのであちこち破綻してるかもしれないけど、ちょっとこんなことを考えてみました。
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by taba-aki | 2010-03-16 23:56 | 主張 | Comments(2)

気の毒な豚の話

豚舎火災、5000匹焼死=北海道

北海道上富良野町の「かみふらの牧場」すべての豚舎が全焼し、豚約5000匹が焼死したそうな。
ワタシが仕事で出入りしている、と畜場の1日豚処理数が平均1000頭なので、約1週間分の豚が死んだことになる。
養豚業者は大規模経営の所が多いから、火事等おこればひとたまりもあるまい。
きっと出荷間近の肥育豚や、出産間近の繁殖豚もいただろうに。
いやはや、死んだ豚も1億円の利益+豚舎を灰に帰した牧場も気の毒としかいいようがない。


リンク先記事のコメントには、売ってしまえとか食べてしまえとか色々書き込まれているけれど、残念ながら屠殺前に死んだ豚はもはや商品にならない。

豚を食肉として流通させる過程には、色々と法律が絡んでおりまして。
まず、農家だろうが肉屋だろうが自分勝手に食肉目的で豚を殺して肉にするのは禁止。
必ずと畜場に運んで、お金を払って解体処理と食肉検査を受けなければなりません。
さらに、と畜場は健康で「生きた」豚だけしか処理しません。
どうせ殺してしまうんだから、その前に死んだ豚だって同じじゃないか。だったら死んだものも肉にして有効活用すべきと思う人がいるかもしれないけど、無理。
それを許してしまったら、市場に品質が劣悪な肉が出回る可能性が大きくなり、ひいてはワタシたちの健康問題にもつながってくる。


というわけでもったいないとは思うけれど、今回火事で焼死した豚は肉になれず産業廃棄物として処分するしかない。
処分するにも専門業者に莫大な料金を払わないといけないわけで、5000頭もの豚を廃棄する羽目になったこの牧場がますます気の毒になってくる。
ただでさえ、豚肉の市場価格が低迷しているというのに。



記事のコメントを読んで、色々思ったことをいくつか。
・豚は400kgも体重はない。出荷サイズは100kgだし繁殖豚でも200kg。それだと少し小さめの牛サイズだ。
・豚舎暖房用ヒーターのトラブルだろ、大雪が降っていようが関係ないと思う。
・極寒の北海道で養豚しなくても…ごもっとも。その証拠に北海道の豚生産量は意外と少ない。東京都でも養豚農家がいるのだから、食材王国北海道くらい大目にみてやってくれ。
・豚1頭の値段が20000円…1億円を5000頭で割った平均価格やな。実際は格付けにもよるけど、標準的なサイズなら1頭あたり5万円くらいの評価がもらえているはずだから、5000頭のうちたくさんいるであろう子豚なんかは相当評価額を低く算出しているのかも。


すいません。直接コメントに書き込む勇気がないので、自分のブログでつぶやきました(汗
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by taba-aki | 2010-01-30 01:06 | 主張 | Comments(4)

豚インフル、騒ぎ過ぎ

<豚インフル>人への感染 厚労省など対応に追われる

豚インフルエンザってなに!?
とばかりに不安に陥っている日本人が多いみたいだけど、はっきりいって国内で普通に暮らす人には要らぬ心配。

もっとも、豚は鳥と人間の両方に感染するインフルエンザウイルスの変異床になるので、その点ではむしろ鳥インフルエンザより始末が悪い。
(鳥の中で循環している分には、人に感染力のあるウイルスはそうそう発現しない。中国で鳥インフルエンザが問題なのは、豚を大量に飼育している国だから)
しかし、メキシコの豚がやばいのならもしかして日本も!とばかりに、豚を食べたらインフルエンザになるとか、そんな風評で豚の消費量が減少するなんてことになったらこれは困ったことになる。

少なくとも国産豚肉を食べて豚インフルエンザに罹患するなんてことは絶対にない!
むしろ、生食によるカンピロバクターやサルモネラ食中毒のリスクの方がずっと大きい。
ついでにいえば、豚インフルエンザに限らず病気の豚は絶対に肉にならない。
なんのためにうちらが毎日汗水たらして検査をしてると思っているんじゃ。


万一日本にメキシコ発の豚インフルエンザが上陸する事態になったとしたら、それは100%ヒトが国内に持ち込んだ場合に限られるはず。
だから、厚生労働省などが発表している対策は当たり前のインフルエンザ予防なのである。
「だけど、豚から人に感染するなんて、新型ウイルスかもしれないでしょ?」と不安に思う人にぜひ訴えたいのだが、新型だろうがなんだろうがインフルエンザが流行すれば、感染予防のためのうがいや手洗い、マスク着用が基本だということ。
あとは、病気に負けない免疫力や体力を普段からつけておくことですかね。


豚肉は栄養的にも優れているから、むしろ食べることを推奨したいくらいですよ。
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by taba-aki | 2009-04-26 21:04 | 主張 | Comments(4)

今日、同じ実習班の男子が「どんな『萌え』ある?」なんてのを雑談しているのを小耳にはさんだ時に、妙な違和感を感じました。

オタでもないヤツに、「萌え」なんて言葉を使って欲しくない!

と、心の中で叫んだワタシは心の狭い人間なのでしょうか。



例えれば、ひと昔の不良が一般生徒が髪を染めるのを許さず、街で染めている子を見つけるやいなや裏道に引き込んで
「あんた、うちらの許可も得んと髪染めてるんじゃねーよ!」
と理不尽に絡むみたいな。

髪を染めることが学校や社会への反発を表し、普通の中高生が髪を染めると「不良だ」と親や先生に怒られた時代(80年代頃)、不良たちにとって「髪を染める」ということは、仲間との連帯意識の一つ。染色をファッションの一部ととる一般人を許すことができないのは当然なんですわ。


ワタシ自身は「萌え」という言葉は、二次元キャラあるいは特定の属性(フェチティシズムに近いかも)に対して好意を寄せる気持ちを表していること、と認識しています。
一般社会的に「そんなものに恋愛感情あるいは性的関心を寄せるなんて!」と忌避されるようなものが「好き」と熱くなれる人、もしくはそういったし好に理解を示すことのできる人のみ、「萌え」という言葉を使う資格があると、そう考えているわけです。

当然ながら、「オタク、キモ!」なんて言っている輩が、電車男などから得た中途半端な知識をおもしろがって使ってる現場を見たら、張り飛ばしてやりたい気持ちにかられます。あんたらに「萌える」という気持ちが分かってたまるかと。
その辺は、例にあげた不良と同じ思考かもしれません。
なかなか社会的に容認されないという点では、不良もオタクも似たようなところがありますから。

何のために、ワタシが自分の「萌えの気持ち」を他人に出さないように努力しているか。
それは、社会的に適合していく為
『オタクなんてキモい』と思う気持ちが普通、そんな風潮をマスコミが煽っている今、
隠れオタの人たちは大なり小なりそういった努力をしているのに、「○○君って萌えない?」みたいな間違った使い方をされると、ますます肩身が狭くなる。

キモいと思うかもしれないけど、本気で好き、それがあってこそ生きる「萌え」。
普通の人が思っているほど、軽い言葉じゃない。


そもそも、「萌え」というのは書き言葉であって話し言葉じゃないから。
オタク特集番組なんかを見ると、「萌え」の連続で痛いったらありゃしない。あれはオタクとして失格だと思います。



硬派だったあの80年代不良たちも、今は一部の地域にわずかに残っている程度でほぼ絶滅し、現在では髪を染める行為もかなり一般化。むしろ髪を染めていない人の方が少なくなって、バージンな黒髪のままでは「重苦しい」といわんばかりにモサ扱いされかねない時代になっているのを思うと、世の中何が普通なのかさっぱり分からなくなっていく。

アニメ、漫画系好きという趣味が読書や旅行なみに普通の趣味として認識され、「オタク」なんてカテゴリーを作る必要がない時代になったら、ごく普通に「萌え」が一般的になるのだろうかと。
そういう社会が来てほしいような、来なくてもいいみたいな....
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by taba-aki | 2006-01-17 21:55 | 主張 | Comments(0)

<栃木小1殺害>「今市もイマイチのまち」和歌山市長が謝罪

先日の栃木県今市市の小1女児殺害事件は、栃木県出身者(今市市じゃないけど)としてはやはり心痛むものがあったが、この和歌山市長の「イマイチ」発言はなんというか、普通に「非常識な!」という気持ちと一緒に微妙な気分が混ざってきた。

そう、
「今市市、栃木県に関係のないヤツが、そのネタを使うな!」と。

指摘するのはそんな所じゃないだろう、お前もその市長と同じで事件の重さを認識していない!!と怒られるのを覚悟で書いてみる。


以下、事件とは全く関係のない「イマイチはなし」。

栃木県には読み方が妙というか特殊というか、一見読みに迷う地名が多い(例えば「祖母井(うばがい)」なんて中学生の時に読み方を知ったよ)。
今市市も「市」という漢字が並ぶ違和感もさることながら、日本語としてマイナスイメージのある「いまいち」という読みはどうかと思うが、栃木県民ならばガキの頃に一度はギャグのネタにしたことがあるはず。


今市市民と他県民との会話

「ねぇ、家どこなの?」
「"いまいち"だよ」
「場所を聞いているんだけど。」
「だから、"いまいち"だって。」
「街がイマイチなのはわかったからさぁ。」
「本当に「今市」って名前の市なんだよ!」



妹に聞いた話だと、今市市民の友達は本当にそういう羽目になったことがあるらしい。
県都宇都宮ですら全国的にはマイナーな市の部類に入るのに(最近餃子で多少脚光は浴びているが)、今市はさらに無名市扱い。栃木県自体いまいちな面があるのでなんともいえませんし、「イマイチ」発言が出てくるのも無理からぬとも思う。
この「今市=イマイチ」ネタは自虐的ローカルネタとして県内でしか通用しないと思うぞ(それでも十分寒いが)。
それにしても、先日の事件で今市の名前は随分広まってしまったよ(どうして栃木県はこんな殺人事件とか集団リンチ事件とか宝石店放火事件とか立てこもり事件とか大田原のオウム関連とか、嫌な事件ばかりで目立つんだろう)。
そして、とうとう和歌山の市長が使ってしまう羽目に...
この寒いギャグが全国的に広まったりしたらやだなぁ(そんなことないだろうけど)。



もう一つネタ。大分前に妹と話していたこと。
「今度、日光市と今市市が合併するんだって」
「それじゃ新しい名前はどうなるんだろう。世界の日光が「日光市」の名前を変えるとは思わないけどな。」
「だけど、市としての規模は今市の方が圧倒的に大きいよ。」
「普通に並べて「日光今市」でいいじゃん。」
「なんだか「日光いまいち」って響きで、日光市が嫌がるよ、絶対。」
「反対にしても変わんないよね。「いまいち日光」じゃさ。」
「やっぱ、今市市が日光のネームバリューを欲すると思うから「日光市」じゃないの?」


どうやら、そうなりそうです。
今市、なくなっちゃうのか...



もっとも、当の和歌山市長も受けようと思ったのではなく、つい口を滑らせてしまった程度の発言かもしれない。
軽く聞き流していたら、「今市」と「いまいち」をかけているなどと気がつかないだろうに、それを指摘した人はすごい。
というか、なんだか揚げ足取りのような気もするんですが、事件の内容があれなだけに見逃してもらえなかったということでしょうかね。
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by taba-aki | 2005-12-07 01:47 | 主張 | Comments(0)

「自衛軍」改名反対

<自民新憲法>戦争放棄の条文維持、自衛軍の保持明記

なぜ自民党は自衛隊を「自衛軍」にしたいのだろう。
国際的に発言力のある国であり続けるためには、自国を守る「軍隊」を持つのが必須とでも思っているのだろうか。


新憲法草案のこの部分には呆れます。

はっきり言って、
自衛隊を軍隊組織にする必要は全くない。
国を守るのに必要なのは「軍」という名前ではなく、有事の際に国民の命や財産をきちんと守ってくれる実力なのだから。
その点では現在の自衛隊で十分であり、それ以上の軍事力を必要とする理由が見えない。

もし自民党が「今の自衛隊では有事に対し不十分」というのであれば、それは政府の外交能力が弱いと言っているようなもの。軍隊はあくまで政治上の道具であるにすぎず、その力を行使することを決定するのは政治家なのだから、「外交手腕だけでは国を守れません」では困る。
外交で戦争にならないようにする、これが最も力を入れるべき事項だと思うのだけど、「もし他国に侵略された時はどうするのだ。黙って殺されろとでもいいうのか!」という反論は仮定そのものがおかしい。
「他国の侵略に備えて」ではなく、「他国に侵略させない、もしくは侵略する意味がない国」を目指すべきなのである。


日本一国のみ、他国が国際紛争解決に向けて軍隊等人員を派遣しているのに、それを傍観していることは国際社会の一員として許されることではない。という主張もある。
ならば、なおさら軍隊組織にはしてはならない。
自衛隊だからこそ、日本は海外で実質的な攻撃行動はとらないと国際的に認識されているのに、軍隊にしてしまったら今以上に危険な地域に踏み入れることを強要されるであろうし、日本政府にそれを拒む理由はない。
そして、敵対組織には確実に「敵国」と認識され、テロの標的になる。

「軍隊」のリスクを負う覚悟があるのなら、「自衛軍」などと中途半端な名称ではなく、きっぱりと「日本軍」を名乗ればよいのだ。
アジア諸国の反応を恐れてそれをする勇気もなく、米軍の傘の下から脱出する気もなく、それで軍を名乗ろうというのは調子が良すぎるのではないのだろうか。




...と思うんですけど、どうでしょうかね。


私には、日本が「戦いはいけない」と言い続けているにも関わらず、戦いをやめさせるには力が必要だと結局戦っているアークエンジェルの面々を想起しますよ。
軍隊を持てば、理念に反してまでも出兵せざるを得なかったオーブのようになることは明白なのに。

せっかくだからDESTINYネタでもう少し。
「ユニウスセブン落下のような大惨劇が現代社会に起こらないという保証はない。その時に戦争突入をとめられるかどうかは不確定だし、突入した場合戦力を持たない国は抵抗もできずあっというまに滅ぼされてしまうだろう」
だから、ユニウスセブンが落ちないように、テロの温床をなくすのが先なんですってば。テロをなくす活動は軍隊活動と似て非なるものだと、思うんですけど。
(もっとも、デュランダル議長がデスティニープランを実行するために、連合(あるいはロゴス)との先端を開く必要から、ユニウスセブン落下を黙認したという説もあるんだけどね)


おぉ、種運命も意外に考えるネタになるなぁ(笑)。
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by taba-aki | 2005-10-29 01:46 | 主張 | Comments(2)

選挙が終わって

あぁ、昨日は小泉首相とルドルフ・フォン・ゴールデンバウムの共通点を考えていたら、銀英伝のDVD見たくなっちゃったよ。
明日は5日続いた集中講義・魚病学の試験なのにな。勉強がちっともはかどらん(泣)


はかどらないついでに、新聞やブログで衆議院選挙のコメントをいろいろ読んでみた。すると、なぜか自民党圧勝に危惧を覚える意見ばかり目立つ。

国民の半数以上が自民党を支持したんだから、もう少し「小泉首相万歳、自民党万歳、郵政改革期待しています」みたいな意見が多くてもよさそうなのに。
そういう楽観的観測の意見はほとんどみかけませんね。

ということはあれだ、小選挙区と比例代表制の落とし穴で、思いのほか死票が多く存在していて、獲得議席の割合ほど国民は自民党を支持していないってことなのか?
それとも、自民党に票を入れたものの、あまりの勝ち過ぎに逆に不安を覚える人が多くいるってことなのかな?


だったら、無批判に政府に従う人ばかりじゃないということで、もしかして日本はまだ捨てたもんじゃないかも。
ちょっと安心しちゃった。
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by taba-aki | 2005-09-13 23:41 | 主張 | Comments(0)

小泉首相とルドルフ

衆議院議員選挙の結果、自民党圧勝で与党が2/3を占めることになったらしい。
「まずい、こんなに国民の圧倒的支持を受けたんじゃ小泉首相は銀英伝のルドルフ・フォン・ゴールデンバウムの亜流街道を進むんじゃないのか?」
と半分マジで思いました。
「日本帝国」なんて作られたらイヤだよ、わたし。


ルドルフは苛烈ともいえる強力なリーダーシップと政治力をもって、「閉塞した時代の状況に窒息するような思いを味わっていた」民衆から熱狂的な支持を受けて、銀河連邦の首相ならびに国家元首になった人。そして「批判勢力の存在を許容しない絶対的な独裁者」としてついに「神聖にして不可侵なる銀河帝国皇帝」となって、信念のもとに民衆に対し過酷な綱紀粛正をおこなうに到った。


漠然とした記憶で書くものなんなので、銀河英雄伝説1、2巻をひっぱり出してきてみました。
だいたい、小泉首相の「郵政民営化」にこだわる強い信念を主張しだしたあたりから、なんだかやばい雰囲気だなぁ...と思っていたんだもの。

ちなみに、ルドルフは信念の強さでは右に出るものがいなかったらしいぞ。


信念といえば、ヤン提督はこんなことを言っています。
「信念とは願望の強力なものにすぎず、なんら客観的な根拠を持つものではない。それが強まれば強まるほど、視野は狭くなり、正確な判断や洞察が不可能になる」
わたし的にはとても同意ですね。

自民党内で民営化に反対(というより、議論をもっと深めるべき)という声を無視し、造反党員と離党を勧告し、選挙区に対立候補をぶつけてくるあざとさといい、信念が強すぎるのも考えものなんですが。


小泉首相がルドルフよろしく強力すぎる指導力を発揮して、独裁者を目指したらどうしよう。その時、わたしには何ができるだろうと本気で考えちゃった。
100歩譲って郵政民営化はよしとしよう。だけど、平和憲法を改悪して自衛隊を軍隊に格上げして、周辺国の警戒を買うようなマネだけはしないで欲しい。
フィクションだから戦争ものは面白いのであって、現実はシャレにならんですよ。




2ちゃんねるでも盛り上がっていたり。
選挙を銀河英雄伝説風に語るスレ
しかーし!小泉首相をラインハルトに当てはめるのはいただけない。カイザーは、そう、小泉さんなんかよりずっとすごい人なんだ!!
よく考えりゃラインハルトもかなりえぐいことやっているんだけどな。同じに見えない(見たくない)のは、自分がローエングラム王朝万歳!な人間だからだろう...



小泉首相をヒトラーに例える人もいるようですが、わたしに言わせればやっぱこっち方向ということで。
不快に思われたらすいません。
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by taba-aki | 2005-09-12 22:55 | 主張 | Comments(0)

衆議院選挙投票に行く

今日は朝寝坊だったり、ちまちまとCGを描いていたりしていたら、夕方になってしまった。

早く投票にいかないと終了してしまうな。なんだかめんどくせえ、このまま投票に行くのやめようかなぁ...と思った。
でも、民主制国家に生まれた以上、市民はなんらかの形で政治に対して声をあげないと民主主義など政治屋どものいいおもちゃと化してしまう、な〜んてヤン提督に言われそうな気がしたので、17時に投票所に出かけた。


実際の政治参加ですら、銀英伝ネタで行動するのだな、わたしは(汗)。
ちなみに所要時間は、自転車で行って、投票して、15分でした。


今まで住民票が実家にあったのでしばらく選挙権を行使できなかったのだけど、去年北海道に移して今回初めての投票だった。

郵政民営化が焦点となった今回の衆議院選挙だけど、実はわたくし民営化反対なんです。いや正確にいえば、「現時点での民営化」が反対。国立大学が独立法人となった現在、将来的には民営化も時代の流れかもなぁという気はします。

でも...
このあいだ郵便局が公社となったばかりなのに、何年もしないうちに民営化なんて。せっかく全国の郵便局が「公社に変わりました」といった告示や看板などを設置したのが無駄になってしまうじゃないか!すぐに民営化したら、せっかく作ったまだ新しいものを破棄して、また看板やら直接利益に結びつかない多額の経費を必要とするじゃないか。
その分は誰が出してくれるんだい?

という理由をつい最近友達に話したら「小さいねぇ」って苦笑されてしまった。
あぁ、どうせわたしはケチくさいよ。
でも難問てんこもりの社会で、郵便局が民営化すれば「改革」とやらがうまくいくみたいな主張はあきらかにおかしいだろ(そうにしか聞こえないんだけど、もし違うなら自民党の宣伝が悪いんだな)。


経費節減のためなら、他にすることがあるだろうて。
この間職場見学に行った宮城県なんか、昼休みはオフィスの電気を消すという涙ぐましいキャンペーンをやっているぞ。給与だって今年は一部削減をしているらしいし。
こういうちまちました努力、わたしは好きだな。
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by taba-aki | 2005-09-11 20:18 | 主張 | Comments(0)

今年は終戦60年だそうで、新聞やらテレビやらあちこちで特集してました。
普段エンターテイメントとしての戦争物好きをやっている身としては、架空戦記を理解する上で現実にあった戦争を理解するのもよいか、という非常に不純な動機でちょっと勉強させてもらっているわけです。
そしてついでに、なんでこんな自分になったんじゃと振り返ってみた。
(参考)5月3日投稿:戦争物キャラを「萌え」対象にしてよいものか


小さい頃からやたら太平洋戦争関連の展示や映像を見に連れてられた記憶がある。
広島の原爆記念館はもちろん、「ビルマの竪琴」「戦艦大和の最後」「かわいそうな象」といった児童向け書籍、「対馬丸」というアニメ映画にも連れていかれた。東京大空襲やアウシュビッツの展示会にも行ったと思う。

たぶん親は特別に「平和教育」を意識していたのではないだろうけど(親の実家は田舎なので食い扶持には困らなかった+父親は戦争に行っていないので一家離散もなく、それほど戦火に苦しめられた記憶はないはず)、少なくともわたしら子供に「戦争はやってはいけないこと」というのを刷り込むことに成功した。

はずなのに...
なぜか、わたしだけ戦争について知りたがる子供になってしまったのだった(汗)。

祖父やその兄弟たちに誰も軍人になった人がいないことを聞いてがっかりした記憶があるし、戦後の食糧難で畑からサツマイモを盗まれたとか、防空壕で遊んで怒られたとか、マッカーサーの似顔絵ばかり描いていたとか、そんな緊張感に欠ける話しか親は話してくれなかった(そりゃ、当時チビ助なんだから無理もないが)。
小学校の時の担任は戦中世代で、よく空襲の話をしてくれたな。地元に陸軍の航空隊基地があったので狙われたらしい(現在は自衛隊の駐屯地。そこから戦闘機が飛んでいくのをぼんやり教室の窓から見ていたのが高校時代。だからロウニンするんだよ...)。


小学生でガンダムを知って、そこそこ軍事的知識を得てからその傾向は拡大の一途だった(だいたい軍隊の階級を5年生の時点でそらんじるってどうよ...)。
当時、イラストつきの物語を書くのが密かな趣味だったのだが、書くもの書くもの途中ですぐ戦争を起こしてしまっていた。しかも、敵を殲滅する快感が目的ではなく、戦う意義で悩む登場人物が書きたくてやっているんだから、なんだか嫌な小学生だった。

最初はファンタジーで書いているのに、すぐ戦いになってしまう。だったらはじめから戦争ものにしてしまえ、というわけで中学生になったら本当に戦争ものを書いていた。今読み返せば、あまりにもヌルくて「これじゃ戦争ごっこじゃ!」な作品だけど、当時はまじめに自分の戦争観を投入していたよ。


あぁ、自衛隊行きたいって言ったら、親に「馬鹿!何やるところか分かってんの!!」と頭ごなしに怒られたっけなぁ...


本気で戦争はやばいと思ったのは、富士まで陸上自衛隊の実弾演習を見に行った時だった。
見学席は着弾点からかなり遠くに設置されているので、ミサイルが山にぶち当たってもけむりがあがるのしか見えないのだけど、その時の爆音と空気の振動にひどくビビった記憶がある。
これは、狙われたら、確実に死ぬ。そう思った。
鼓膜がびんびんして、耳を塞いでもそれでもすごい音だった。アニメだとさほど有効とは思えない兵器だけど、実物を見たら絶対有効だと思った。

平和な日本に生まれて良かった、と心から思った瞬間だったよ。アニメかぶれで「戦争がなくてつまんない」とほざいた自分を殴りたい気分だった。

演習のあと、展示された戦車や対空砲を間近に見ても格好よさにどきどきはしなかった。むしろ、弾だけで数十万から数百万、本体なら億単位という代物をみて、「なんて戦争には金がかかるんだ!」と思った。
雰囲気ではなく、現実的に戦争をとらえようという意識がこのあたりから出てきたような気がする。


戦争は大人がやるもの、いくら子供向けとはいえ漫画やアニメで14歳以下の子供が戦うのは許せないと思うようになったのは、おそらくこの辺の体験が根っこにあるんじゃなかろうかな。
戦争はやっちゃいかんが、やるんだったら責任もって大人がやるべきだ。子供はとりあえず、将来にむけて勉強しとけ!みたいな。
...種シリーズはホント、そういう意味で勘弁して欲しい。


もっとも、銀英伝にはまってからは「戦争の仕方」というか戦略・戦術に目を向けるようになったあたり、反省が薄れているんじゃないかとも思えるのけど。
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by taba-aki | 2005-08-15 23:51 | 主張 | Comments(0)