ブログトップ

トリスタンとベイオウルフ

東日本大震災から5年

2011年3月11日の東日本大震災から5年が経過しました。
宮城県民として地味に被災した身としては、5年という節目そして同じ曜日ということで、なんとなく特別感を感じます。
自分自身は何も変わらず1日が過ぎてしまい、仕事でバタバタしていて黙祷の時間すら過ぎてしまったけど、この日の夜はあの時と同じ清々しいくらい満天の星空でした。
自分の行動範囲内的にはどんどん復興が進んでいて、ほぼ震災前と同じ生活をしていますが、まだ仮設住宅があちこちに残っていたり復興工事が全然終わらないのを見ると、まだまだなんだなという印象です。


震災当日は、午前中に仕事で亘理町の沿岸部に行っていて、この時に津波がきたらマジで帰って来られなかったかもしれなかった。
あとで確認したらお昼にホッキ飯を食べた店も、その周辺も津波被害でとんでもないことになっていた。
あの時は午後2時半頃に事務所に戻ってきたから、下手をしたら高速道路上で孤立していたかもしれなかった。
何が一番「運」を感じたかというと、同行した職場の先輩はいつも外に出るときは大概午後に約束を設定しているのに、今日に限って「午前中に済ませるか」と言ったことだった。
午後に行っていたら、本気でやばかったわ。


震災といえば、自分を含め周囲は津波被害と道路の陥没、そしてライフラインや物流の混乱が今でも話題になるんですが、全国的な関心はやはり福島の原子力発電所事故のようで、何だかなという気持ちが拭えません。
放射線量の値がまだ高めの原発周辺の地域は仕方がないとしても、その他の福島県内や宮城県・岩手県はもう原発事故の影響無しとしてもいいのではないかと思う。
自分だって普通に県内産の農産物や水産物を食べているし、それで調子が悪いということもないし。
何となくですが、首都圏の人たちが必要以上に警戒している印象なんですよね。
まぁ、狭い日本どこへ行っても駄目な時は駄目なので、無駄に警戒や心配をすることはないってことです。
[PR]
by taba-aki | 2016-03-12 20:29 | 日常 | Comments(0)

東日本大震災から1年…

東日本大震災から1年後、また大地震と津波が起こる…ということにはならなくて地味にほっとしてる。
もう寒い中を逃げまどうのは御免こうむりたいわ。


今日はワタシが住んでいる宮城県のS市追悼式に参加してきました。
一般参加の市民として。
身近な家族や知人が犠牲になったわけではないけれど、自分の中で震災1年の区切りとしたくて。

追悼式会場の市体育館は、震災当日最初に入った避難所。
大雪が降る中やっとたどりついたものの、大勢の避難者で一杯で座る所もなかった。
実際夜を明かしたのはそこではなくて別の小学校だったけれど、もしかしたらこの体育館で寒さに震えながら夜を過ごしたかもしれなかった。
体育館の中に入って、ふとそんなことを思い出した。


追悼式は14時30分開式なのに、30分前に行ったら既に大勢の人でロビーがごった返していた。
参加者の3分の2は遺族の方々と来賓者で、残りが一般市民。
15時までは国の追悼式が中継されて天皇陛下のお言葉や総理大臣の挨拶を聞いて、その後市独自の追悼式が始まる。
市長の追悼の辞から始まって、県知事(代理)、衆議院議員、市議会議長の追悼の辞が続く。
その後、追悼演奏としてバイオリニストの演奏4曲が披露された。
G線上のアリア(Air)はやっぱりエヴァンゲリオン曲だよな…不謹慎な思いが巡ってごめんなさい。

演奏後、遺族代表のお言葉があり、そして献花と続く。
遺族、来賓、一般市民の順に献花(花は市が用意した白いカーネーション)が行われた。
この際に亡くなられた方のお名前が読み上げられる。
市の死者・行方不明者は61名。他所の市町と比較すると数的には少ないし津波の高さも10m未満と低い。
けれど、津波は確実に市の一部を破壊していったし人の命も奪った。
あの時、ワタシは自分の身の安全をはかることで精一杯だったんだよなぁ…
職場も混乱していたから、まさに「津波てんでんこ」だったわ…


式が終わったのは16時半。1時間くらいで終わると思っていたので、意外と時間がかかったなという感じ。
何をしたというわけではないけれど、精神的に軽く疲れた。
明日からはまた新たな気持ちで頑張りたい。
とは言っても、地震が起これば津波を心配する日々は相変わらずなんだけれど。



このあとガンダムAGEを見るために速攻帰宅したんだけど、何だか今日は気分のノリがいまいちだった。
ビッグリング攻略戦という大規模な戦闘話で、総司令官フリットがガンダムで参戦するというおいしいところもあったのに…やっぱリアルな追悼式の後というのは駄目だな。



19時に海の方から花火の音がした。
慰霊の花火かなと、徒歩10分の海辺近くまで行ってみた。
結局花火は15分くらいしかやってなくて実際みたのは1分くらいだった。
寒い中出かけたのに、残念だ。
[PR]
by taba-aki | 2012-03-11 22:52 | 日常 | Comments(0)

香りの記憶

昨年の震災のとき、開封したばかりだったトイレの芳香剤(液体タイプ)が落下して床に全部こぼれてしまった。
季節限定の「さくらの香り」で、店頭で気に入って買ったものだったのに。
5日ぶりに帰宅して、「断水だし臭いだろうなぁ」と覚悟して入ったトイレがなにやらいい香りで充満していて驚いたが、その香りの源がこぼれた芳香剤と知った時はかなりショックだった。

拭き取るのももったいなく(芳香剤も貴重な水も)そのまま放置していたら、1ヶ月くらい香りを放っていた。
その芳香剤と同じものを震災後にまた買ったものの、何となく使う気になれなくて未開封のままトイレのインテリアになっていた。


そして今日、3月になったし香りだけでも春らしくしたいなと思ってその芳香剤を開封した。
そして便座に座ってホッとしていたら…
震災の時を色々思い出して来た。
去年のあのときと同じ香りが記憶を呼び起こしたんだな。


当時は必死だったから前しか向いていなかったけど、今思えば家族も友達も近所にいない一人暮らしでよくがんばったと思うわ。
[PR]
by taba-aki | 2012-03-03 21:12 | 日常 | Comments(0)

岩沼市沿岸地域に仕事で行きました。
テニスコートや野球場があるきれいな海辺の公園はいまだにガレキ置き場です。
津波被災地は県南地域を中心に散々見てきたけれど、やはり荒涼とした景色には自分の無力さを感じる…

c0014117_22401420.jpg

被災自動車置き場。
写っているのはかなりまともな方で、原型を留めていないものもたくさんある。
バックは震災ガレキの山。

c0014117_22402712.jpg

同じ場所を別アングルから。
聞く所によると、ガレキの山にタヌキが住んでいるそうな。
ガレキが自然発熱して暖かいせいらしいとか。


県内ではいま、仮設の焼却炉(仮設と言っても、通常の清掃センターレベルの炉。国の予算の都合で設置期限があるから「仮設」と称してる)を各所で建設中で、仙台市は絶賛稼働中。
地元で頑張っても追いつかないガレキ量だから(だって、家庭から出る通常の生活ゴミも当然あるから、既設の施設はガレキ処理専用にできない。っていうか、一部の既設施設だって津波や地震で壊れた)、焼却に余裕のある他の自治体に処理の一部をお願いしたいわけなんだけど、これがまた反対派の声が大きくて…

福島原発事故による放射性物質拡散を懸念して震災ガレキ受け入れ反対運動が各地でおこってる。
数少ない受け入れ自治体ではプロ市民による首長非難が激しいし。
放射性物質や放射線量が少ないガレキを選んで処理をお願いするのに、万一現地で高い数値が出たら燃やさずに送り返してくれていいのに、自分とこの処理に余裕がなければ断ってくれていいのに、「放射線被害を拡散させる気か!」の一点張り。

いっそ激しく反対する団体が多い自治体は無理に受け入れてくれなくていいよ…って思う。
他所に恨まれてまでガレキ処理をお願いしたくないもの。
すべて地元で処理しろ!って声もあるけど、頑張っても無理なものは無理なんだよ。
焼却炉を建設するのに、建設予定地の交渉を行い環境アセスを実施し施設基準確認をして公害防止に配慮したり…法律で決まっている事が多いから、足りないならどんどん作れとはすぐには出来ない。
そうしている間も、生活ゴミは待ってくれないし、建物の解体はどんどん進みがれきは増えて行く。
だから、他所の焼却施設さん助けて!なのに。
ちなみにガレキは一次仮置き場でかなり分別されているので、ごちゃ混ぜ状態で処理を委託することはないと思う。

放射能リクスは数十年後に出るけど、ガレキの長期間放置によるリスク(悪臭、有害虫の発生、自然発火の恐れ、復興計画の遅延とそれを原因とする地域コミュニティーの崩壊など)はただちに悪影響をもたらすんですわ。

その辺の被災地事情を、放射能に過敏な方に相談したいです。
「被ばくのリスクを分かち合うのが支援なのか!子どもたちの未来を奪ってまでやることなのか」とおっしゃりますが、放射線量の低いガレキを焼却することによる被ばくリスクが喫煙、飲酒、交通事故、生活習慣病と比べて圧倒的に高いとは自分は思えないよ。



すいません、だんだん愚痴っぽくなりました。色々疲れているのかも。
それより何より匿名だからといって最近のネット酷過ぎ。
ツイッターなんてデマ拡散アプリ? になってますよ。国の発表は信じられないけど、ツイッターからの情報は信じるって、よくわかりません。
「国を信じてる奴ざまぁww」「東北はもう終わり」「東北産の食物を食べて、ガンになっても知らないwww」みたいな言い方をする人間は徹底的に軽蔑しますわ。
[PR]
by taba-aki | 2012-03-02 23:59 | 日常 | Comments(0)

被災地の一コマ

職場の近くの、津波被害地域で見つけた解体中の家屋。
よく見ると柱に何やら興味深いものが描いてある。
c0014117_2146187.jpg


一部を拡大してみると、こんな感じ。
c0014117_21481245.jpg


小学生レベルの女の子絵が微笑ましい。
「歴史を作るのは我々だ!!」なんて勇ましいことも書いてある。
っていうか、ちゃちゃってなんだ?
この家の子供が、引越間際に描いたのだろうか(この建物はかつて飲み屋だったんだが)。
でも、文字は大人っぽい。
親子で記念に描き残していったのかな。

もし絵まで大人が描いたとしたら、興味深いわ。
ぜひ会ってみたいな。
(写真をクリックすると別ウインドウでやや大きい写真が見られます)
[PR]
by taba-aki | 2012-02-07 21:59 | 日常 | Comments(0)

今更ながら、り災証明

総務からお得情報(住宅が一部損壊判定でも見舞金が出る)を聞いたので、震災から半年以上経つけれど市役所にり災証明(住宅被害の証明)をもらいに行った。
地震でうちの玄関が歪んで開かなくなったという話は職場の皆が知っているので(今も開けにくいし閉めにくい)、前から証明とったら?と言われてはいたけど、なんとなく面倒で放置していた。

り災証明は建物の所有・賃貸関係なく世帯ごとで申請できるので、ワタシみたいなアパートの住民でも申請可なのがミソ(なので同居でも親世帯と子供世帯が別世帯になっていればそれぞれが申請できる。全壊や大規模半壊など援助金が貰えるレベルであれば2世帯分貰える。まぁ、壊れないにこしたことはないので金の問題ではないけど)。


税務課の窓口に行ったら、新規申込みは確認まで2、3ヶ月かかると言われた。
が、「うちはアパートで大家が既に確認してもらってるはず」と主張して調べてもらうことに。
以前市町村応援で、り災証明調査応援に行った時に自分のアパートが調査済みなのは知っていたので、自信満々で待つ事10分。
無事建物に一部損壊の判定が出ていることが確認されたので、めでたく即日発行となりました。

あとは、部屋の破損箇所の写真を撮らないとね。
[PR]
by taba-aki | 2011-11-10 19:48 | 日常 | Comments(0)

震災から3ヶ月

早いもので、東日本大震災から3ヶ月が過ぎました。

まだ津波の傷痕が街のあちこちにありますが、ワタシ個人の生活はほぼ震災前と同じくらいになっています。
しいて言えば、駅前のイオンがまだ再開しないことくらいですが、これも今月末に再開予定なので今から楽しみです。
ええ、イオン大好きっ子なので(笑


震災で1階が壊滅的被害を受けたうちの職場ですが、やっと補修が始まることになり、工事中は隣町の分庁舎に間借りです。
引越は来月中旬。書類を全部持って行く事は出来ないので使用頻度が高いものだけを持って行くことになりそうです。
本音を言えば全部持って行きたい。今の仕事まだ2年目だし、過去の書類を参考にしながら仕事を進めている事が多いもんで。
まぁ、必要な時は取りに戻るという形になると思うけどね。


そろそろ夏コミの原稿をはじめなきゃ!ってことで、震災後やっと机回りの片付けをしました。
震災で部屋にぶちまけてしまった資料やら落書きの紙やら同人誌やらを机の両サイドに積み上げたままだったので、スペースはLサイズのペンタブがようやく置ける程度しかなかった。
またデカイ地震が来たら…となかなか片付ける気になれなくて。
よくこんな状態でスパコミの原稿を描いていたもんだよ。

冬コミの時の印刷所のチラシやアイディア用に描き散らしたコピー用紙、お菓子の紙くず等を捨てて、他のものは所定の位置に置いたら、びっくりするくらい空間が空いた。
探していた資料本も出て来たし、良かった良かった。
[PR]
by taba-aki | 2011-06-12 23:23 | 日常 | Comments(0)

今日で1ヶ月

3月11日の東日本大震災から1ヶ月が経過しました。
今までの人生で、こんなに「生きる」ことに一生懸命になったことはなかったよ。

それにても、相変わらず余震は毎日来るので気が休まらないし、7日からの断水も一向に解消されず。
しかも、夕方には福島で震度6弱の地震がきてうちの方も津波注意報がでた。
7日の地震と違って、うちの方は被害もなく良かったけれど、これが宮城県沖地震だったらまた停電+部屋の中が散らかるところだった…
今この記事を書いている最中も小さな地震が頻繁に起こるので凄く不安。


断水については、昨日支援物資配布所で2Lペットボトルを2本ゲット、そのあと近所に自衛隊の給水隊が来ていたので20Lほどゲットしてきた。
自宅の備蓄分と合わせれば5日は戦えると思う(調子に乗って無駄使いしなければ)。
給水所に並んでいる人っておばちゃんが多いんだけど、おじちゃんはどうしているんだろう。仕事かな。

迷彩服の自衛隊員のガタイのいいお兄ちゃんたちを見ていると(多分自分と同世代か下くらい?)、漫画部時代のOEC先輩を思い出してちょっと和んでしまった。迷彩柄の服をよく着ていたからなぁ、あの先輩。
思えばあの頃はオタクなサークルの割には力自慢が結構揃っていてなぁ、瓦礫片付けに戦力になったのになるのになとふと思ったよ。
[PR]
by taba-aki | 2011-04-11 19:14 | 日常 | Comments(2)

散々だ…

昨夜の地震は津波が来なかったからよかったものの、結局寝たのは2時過ぎ。

今朝は停電に加えて断水になっていて、また不自由な生活に逆戻りだ。
とりあえず2Lペットボトル5本分の水はあるので、数日は戦えると思う。


出勤したら、これも見事な散らかりようで…せっかく片付けたばかりなのに。
2回派手に倒れたロッカーはもうベコベコで歪んじゃったよ。
これはもう嫌味としか思えない仕打ちだ。

職場も停電なので事務仕事が出来ない。今日は県南の状況把握に行く予定だったけど、当然中止。
3月の震災直後に戻ったかのようだった。

そしたら夕方4時頃、急に電気が復活した!今回は早いじゃん、また一週間くらい我慢か?と思っていたのに。
自分ちも電気来てるかなと期待して帰ったのに、まだついてない…
携帯の充電のために、また職場に戻ったよ。ついでにテレビでニュースもみたし。


8時近くに帰宅したら、なんと電気が復帰してやんの!
なんだよ、職場での充電は無意味じゃん…

まぁ、総務から水とおにぎりをもらったのでよしとしようか。
[PR]
by taba-aki | 2011-04-08 21:15 | 日常 | Comments(0)

また揺れた…

夜中なのに凄い揺れた。いま、市内に津波警報がでてる。
市の防災無線では沿岸に近づくなの繰り返し。
前回うちまでは津波が来なかったので、外に出て様子見してます。やばくなったら坂道を駆け上ろうと思う。

せっかく片付けたのに、また部屋がぐちゃぐちゃになったよ…
今回はプリンターとパソコンを死守してました。
せっかく直ったのに、また落としたくないもん。
[PR]
by taba-aki | 2011-04-08 00:39 | 日常 | Comments(0)